1999/11/13 東京LD連絡会主催講演会 (C) 2000/02/15 梅永雄二

講演会「LDをもつ人の就労・社会自立を考える」

講 師:明星大学 梅永 雄二

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0. はじめに

講師:明星大学 梅永雄二 先生 私は明星大学に移ってからまだ間もなく、それ以前は障害者職業カウンセラーを15年ほどやっていました。その経験の中では、自閉症の方の就労支援が一番大変だったのですが、LDの人たちの就労の研究というのはまだ始めたばかりなのです。ただ、LDの人たちの就労の研究や勉強をしている人たちが大変少ないということもあり、今回の講演会以外でもいろいろ話しをするよう依頼されるようになりました。そのようなことで、私も大学で学生たちと一緒に、LDの青年期の就労の問題について一生懸命やり始めているという、まだそのような段階なのです。

今日は大きな枠組みとして、LDの就労の問題点と解決法の一部を発表いたします。その解決法の一部というのは、私が職業カウンセラーとしてLDの方何人かの就労支援を行ってきた事例や、LD学会等で私の後輩が発表した失敗事例や成功事例に基づいています。これらの事例から、失敗原因をクリアすることによってうまくいった、また成功事例ではこのようなことでうまくいったというようなことを、今日は皆さんに少しだけご伝達できればと思います。それでは、OHPを見ながら説明したいと思います。


1. LDの人の特徴

LDの人の特徴とは、簡単にまとめますと次の五つがよく言われていることです。

* 文章や文字を読むことが苦手である
* 文章や文字を書くことが苦手である
* 算数、計算をすることが苦手である
* 注意力が散漫である
* 集中力がない

LDの定義というのはいろいろあります。アメリカでも州によって知的障害とLDとの差が曖昧であるような言われ方をされています。実際州によって、IQによる基準等が異なるということを、筑波大学の熊谷先生からも伺っています。DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)アメリカ精神医学会診断統計マニュアルなどでも上に挙げたような内容が書いてあり、まず読み書きと計算の問題が必ず出てきます。そして不注意とか多動の問題も出てくるのですが、実はこれらはほとんどが「子ども」に対する定義であり、成人期のものではありません。つまり学校の勉強が出来なくなって、はじめてLDと診断されるケースが多いのだと思います。ダウン症のように生まれてすぐ分かったり、自閉症のように幼児期からコミュニケーションの問題で分かったりするのではなく、学校へ入ってから気づくケースが多いと思います。こういった問題が我々のように青年期の就労支援をしている者にとって、どういった意味を持っているのか、これを引き続き考えてみたいと思います。

説明する時にはよく使わせていただいているのですが、医師である筑波大学の宮本先生は、LDの人の成長段階に応じた、次のような五つの問題点を指摘されています。

1. 発達面の問題
2. 行動面の問題
3. 運動面の問題
4. 学習面の問題
5. 心理面の問題

特に、心理面の問題を強調したいのは、青年期のLDの人の就労を考える際、この心理面での問題からいろいろなトラブルが生じているからです。

この五つの問題を各年齢段階で見ていきますと、発達面での問題は乳児期・幼児期前半に出てきます。行動面・運動面で、多動などが分かってくるのは幼児期。そして小学校に入ると当然、学習面の問題。思春期以降は心理面の問題が出てきます。

ではその心理面の問題とは具体的にはどうかと言うと、宮本先生は「性格特性」の問題と「心因性」の症状とに分けています。

性格特性の問題では、自分のことを低く評価してしまう。これは本当は教育の問題なのです。自信を持たせるような教育がされていなかったり、いつも他人と比較されていると、特にLDの人は劣等感を感じてしまいます。その結果、自信が持てなくなり情緒不安定になってしまいます。常に不安がつきまとい緊張しやすい状況になってしまいます。何か言われると敏感に反応してしまい、その結果、「もういいや、俺はこれで良いんだ」などと頑固になり融通性がなくなってしまいます。こういった心理的な問題は、本人の持って生まれたものと言うより、周りの環境との相互作用で培われてきたものであると思います。

もう一つの心因性の症状がどういうものかと言いますと、だんだん集団行動から逸脱してしまい、興奮しやすくなったり乱暴な行動をとったり、反抗的な言動が増えてきたりすることがあります。家庭内暴力のようなことも出てきます。そして、学校へ行っても楽しいこともなく、周りから認めてもらえないのですから、不登校になってしまう。それから、非行の問題、あまり触れたくない気持ちなんですが、確かに性的な逸脱行動もありますね。また、抑うつ、睡眠障害など・・・。これらは宮本先生の分類によるものですが、私もいくつかは、事例として経験していますので、青年期の問題としてきちんと考えていかなければならないことだと思います。

さて、このような否定的なことばかり言っていても仕方ありません。まず、皆さんに今日ご理解いただきたいのは、「発達段階を下から持ち上げていくという発想は、もうやめましょう」と言うことです。なぜかというと、そんなことをやっていても社会に通じないのです。もっとわかりやすい例で言いますと、例えば重い知的障害の方には、「1円が10個で10円、10円が10個で100円」と教えていきますが、これは下から押し上げていく「ボトムアップ」という「底上げ型」の指導です。日本の教育の一般的パターンですが、実はこればかりやっていると社会に出てから使えない部分が多いのです。自閉症の人の指導をやってきた経験上言えることですが、言葉の数を増やす指導をしたとしても、実際にその言葉を使えるようにしなければ意味がないのです。

私は、就労支援の立場ですから、まず社会に参加する上での目標をきちんと持って、それに応じたことを覚えていく方が有効だということを、常に感じています。これは、「目的指向型」英語では「トップダウン」と言います。よく言われる、「上から下への指示」と言う意味でのトップダウンではなく、「目的指向型」と言う意味での一つの教育方法なのです。

もちろん「1円が10個で10円」を教えるのが間違いと言っているのではなく、「実際に使えなければ意味がない」と言っているのです。そうだとすると、「お金の計算は出来なくとも、買い物が出来さえすれば良いだろう」というのが、トップダウンの考え方です。目的をきちんと考えた指導ということです。

私は大学院生時代、自閉症の人の指導をやっていて次のような失敗をした経験があります。訓練室でいくら言葉を教えても使えるようにならなかったので、実際の買い物で教えようと思い、大手スーパーの に出かけてやってみたのです。しかしこれは、失敗でした。訓練室の外で指導するという発想は良かったのですが、実はこの人の家の近所にはスーパー がなくて、コンビニしかなかったのです。これでは、意味のない指導だったのです。実際にその人が住んでいる所での買い物を教えてあげれば良かったのですね。スーパー で教えても、それ以外のお店では使えないのですね。

このように発想の転換をしないといけません。特にLDの人の場合はそうです。まずその人にとって何が必要かという目的をきちんと見つけ、それに応じたフィードバックをする。「1円が10個で10円」という計算能力を使えれば良いのですが、実際にハンバガーショップへ行ってもハンバーガーを買えなかったら、何のための指導だか分かりません。それよりも、500円玉一個を与えて、「ハンバガーを買ってきなさい、お釣りは分からなくてもいいよ」というようにします。実際に買い物をしながら、お金の計算を覚えていった方が早いのですね。


2. LDの人の離職理由

さて、次に皆様にご理解いただきたいのは、「なぜLDの人が社会的自立でうまくいかないのか」ということです。実は就職しているLDの人はたくさんいるのです。でも離職するケースが多いのです。続かないのです。今度は離職の理由から見ていきましょう。離職理由は二通りに分けてみました。まず一つは具体的な作業においてです。

(1) 具体的作業において

 同時にいくつかの仕事ができなかった

どういった問題にぶつかっているのかと言いますと、同時にいくつかの仕事をさせられてしまった場合にうまく出来ない。これも後の事例で出てきますが、「お皿を洗っておいて、その後ニンジンも洗っておいて」と言いつけられたら、パニックを起こしてしまったLDの人がいるのです。一つの仕事なら出来るのですが、障害が軽いが故に、「それくらい大丈夫だろう」と思われている。言いつける側も悪いのですね。皿洗いだけなら十分出来るのです。でも出来るからと言って、もっと他にもやらせようとしてしまった。その結果容量がオーバーしてしまったのですね。

 上司の要求についていくことができなかった

次に上司からの要求についていくことが出来なかった。いろいろと要求が出されますよね。結局、重い障害がある人なら、それほど言われることもないのですが、LDの人はある程度出来てしまう部分があり、これが逆に過大な期待を上司に持たせてしまうのです。

 日によって仕事が変わることに対処できなかった

日によって仕事が変わることに対処できなかった。これは、私たちでもそうですよね、日によって、「あれやって」「これもやって」などといろいろ言われると困ってしまう。でも、慣れてくれば私たちの場合は何とか我慢できますけど、LDの人はやはり容量が限られていて、それ以上の事を負担に感じると思いますね。

 注文を正しく書くことがきなかった

注文を正しく書くことが出来なかった。前に出てきましたよね、「書く」ことの問題が。このケースでは、多分ウェイストレスさんとか、あるいは文房具か何かの注文を電話で受けるとか、結構書くことの仕事をさせられていたのだと思います。

 レジスターや他の機械を速く使いこなせなかった

それから、「レジスターなどの機械を早く使いこなせなかった」というのもあります。スーパーでレジ打ちをしていたケースですね。皆さんも経験あると思いますが、スーパーで買い物していて、夕方の混雑時など、レジ係が少しでもゆっくりレジ打ちしているとお客さんから怒られてしまいますよね。それで怒られると焦ってしまう。プレッシャーがかかる。早くやらなければと思っていても出来ない。こういった問題が、作業上の離職理由だったのですね。

(2) 作業以外の全体を通して

それで、実際の離職理由は作業上の理由だけではありません。実は、むしろこちらの方が多いぐらいなのですが。どのような問題かと言いますと。

 興味や能力に差があるため、欲求不満が生じた

興味や能力に差があるため、欲求不満が生じた。今の日本では、特にそうですね、つまり「先に仕事ありき」ですね。だから「今はこの仕事しかないんだよ、我慢しなさい」というやり方、多いと思いませんか。アメリカではジョブコーチという素晴らしい就労支援のシステムがあり、私もアメリカへ行かせてもらい学んだのですが、まずその人の興味から始まるのですね。先に仕事があって、強引に「あなたが出来る仕事は、それぐらいしかないんだから」と言うことは全くしません。「あなたが出来る仕事はこれしかない」と言われますと、私たちでもきついです、続かないのです。だれだってそうです。

 何がうまくいかなかったのかわからなかった

何がうまくいかなかったのか分からなかった。実際にわからないのですよね。失敗してしまうと、自分でうまく理由も説明出来ないし、結果として「ダメ」と言われてしまうだけなんですよね。

 能力があるのに、努力が足りないといわれた

そして、上司の人がよく使うのです。「おまえは能力はあるけど、努力が足りないんだよ」これは言われるときついですよね、「やれば出来る」と。でもそれがやれないのがLDなんですよね。

けれども、このようなところをどう理解してもらうかですね。今日の参加者は親御さんが多いということですが、家庭でもそうですよね。「頑張りなさい」「やる気がない」「努力しなさい」とか、これは言われる側としては苦しいのです。LDの人の立場になれば分かると思うのですが。失礼な言い方ですいませんが、日本のお母さんは、テストで65点取ってきたら、けなすんですよね。100点満点の半分以上は取れているのに、残りの35点に目がいってしまう。「65点?ダメじゃない。頑張りなさい。」80点取れて何とか・・・。それでもお母さんは、ニッコリしませんね。「80点、まぁ、ちょっとは頑張ったわね・・・。」100点取っても「当然」みたいにされますよね。こんな教育をやっているようではダメですよね。アメリカの教育が全て良いとは言いませんが、向こうではまず誉めますよね。"Good job !" とか言って・・・。「頑張ったわね、でもこうすればもっと伸びるわよ」この表現は良いですよね。65点取っても、「次には70点取ろう」という気持ちになるか、それとも「お母さんには見せたくない」という気持ちになるか。どうでしょう?

 明確な指導、リハーサル、フィードバックがなかった

もう一つ、明確な指導とかリハーサル、フィードバックがなかった。でもこのことは逆から言うと使えるのですよ。今私が申し上げている否定的なお話は、全部使えるのですよ。つまりLDの人は、「これこれこうだから、これやっておきなさい」と言われても、「うん」としか言えないのです。ずっとお母さんから怒られていますからね、「わかった?」という聞かれ方をすると、「わかった」としか言えなくなる立場もあるのです。「わからない」と言うと、また何か難しいことを言われてしまうかも知れない。そうすると、お母さん方としては愛情を持って接していらっしゃるとは思うのですが、彼らからすれば否定しづらい。「わからない」とは言いづらいものなんです。

実際にやらせてみて、どこがわからないのか、こちらの側がきちんと見ていくのです。そうすると、ここまではわかっているけれど、ここは難しいからもう一度やってみようというように、フィードバックやリハーサルがやれる。言葉だけで言ってみても、飲み込めていない場合は、実際にやらせてみるとどこがわかっていないかが、見えてくるのです。

 プレッシャーに適応できなかった

プレッシャーに適応できなかった。こういうのは、やはりありますよね。一生懸命頑張ろうとはしているのだけれど、自分の能力以上の事を期待されても出来ません。このプレッシャーというのが働いている・・・。LDの人の場合、ひしひしと感じているのだろうと思いますね。


3. LDの人の就労上の課題

さて、先ほどお話しした、「読み書き」の問題を思い出していただきたいのです。この問題や「不注意」の問題が、具体的な仕事の上でどのような影響を及ぼしているのかを考えてみましょう。

(1) 読みと書きが出来ない場合

 マニュアルが読めない

まず、読みと書きが出来ない場合です。今、仕事をやる上で「マニュアル」というのを使うことが多いです。皆さんもご経験があるかも知れませんが、パソコンのマニュアルというのは読んでみてもさっぱり分かりません。まず横文字が出てきて、その言葉の意味がよくわからないですね。仕事をやる上でも、職種にもよりますが、簡単な「作業指示書」「マニュアル」が使われることがあります。ところが、このマニュアルが読めない。

 メモが取れない

それから「メモを取っておいてくれ」と言われる場合もあります。でも、メモがうまく取れない。メモというものは、なかなか簡単に取れるものではないのです。これは書く方の問題ということです。

 報告書が書けない

そして、報告書が書けない。こういうケースは、結構レベルの高い仕事をされていたのかも知れませんけど、報告書を書くように言われているのですが、どうやって書いたらいいのかがわからない。

 情報を正確に捉えられない

情報を正確に捉えられない。このことは、後からお話しする「不注意」にもつながるのですが、職場の朝礼などで長々としゃべられても、全部まとめられない場合がありますよね。私自身の場合でも、長い話では一番最後しか記憶に残ってないです。しゃべり方のうまい人なら良いのですが、長々と「ぐちゃぐちゃ」しゃべられると・・・。これは、しゃべる側に問題がありますが・・・。(場内笑)

(2) 注意に問題がある場合

さて、もう一つの問題。注意に問題がある場合ですね。これ、関係してくるのです。今、申し上げたようなことが・・・。

 指示が頭に入らない

指示が頭に入らないのです。窓の外を見ると鳥が飛んでいる。そっちの方がおもしろそうだなぁ・・・。というようにね。小学校3年生のお子さんの例なんですが、算数が出来ません。担任の先生に言わせると、「この子は集中力がないです、算数は5分しか持ちません」ということなんです。しかし実は「集中力」と言う言葉の使い方が、ちょっとおかしいのです。実はこのお子さん、算数は5分だけれど、テレビゲームなら、2時間でも集中して出来るのです。集中力というのは、その課題によって異なってくるのです。これを一言で、「集中力」が「ある」とか「ない」とか言えないのです。つまり、その状況に応じてやり方を周囲が考えてあげれば集中力が保てる場合だってあるのです。

 やることを忘れてしまう

それから、やることを忘れてしまうのです。皆さんもよくご存じと思いますけど、エジソンとかダビンチだとか坂本竜馬とか、テレビでもやっていましたが、皆そうでした。しかし、一つのことに集中出来るという、逆の意味での良さもあるわけです。

 仕事に手をつけないままにしてしまう

仕事に手をつけないままにしてしまう。うーん、これはちょっと問題ですけどね。

 問題を要約出来ない

問題を要約出来ない。注意を集中出来ないと、こういった問題も出てきます。こういったLD特有の問題、特有と言うほどでもないかもしれませんが、普通の人でも皆こんな失敗はしていますよね。疲れ切っている時とか、二日酔いの時とかね。(場内笑)このような不注意というのは、だれにだってあるのです。でもそれが慢性化している場合は、対策を立てなければなりません。

(3) その他

私が以前勤めていた、幕張にある障害者職業センターでは、実際の企業をモデルにした3ヶ月間のトレーニングをしておりました。ここへもLDの方が何人か来られました。ここでの訓練というのは、次の四つの段階に分けてやっておりました。

1) 就職する場合、基本的な社会的ルールというものを守らないといけない。

例えば、遅刻・欠勤をしない。朝、決められた時刻までに来なくてはいけない。服装も変な格好ではいけない。最低限のきちんとした格好でないといけない。
このような基本的ルールがあります。

2) もう一つは、実際の作業態度。意欲的に取り組めるかどうか。

3) 作業遂行能力。実際に仕事をする場合、うまく出来るかどうかです。

4) 最後が対人関係、対人態度。

この四つで見ていくわけですけれど、LDの人の場合には、まず基本的なルールでは、時間概念をつかむ上での障害がある人もいます。私が経験した中では、ごく一部の人でしたが、日本人の場合は割と少ない感じですが。アメリカの文献では出てくるのですけれど、いつも遅れるとか、時間に対して無責任だとか。ただし、残業に関しては嫌がるとか。

では、作業態度ではどうかというと、特徴としては、落ち着きがない状態が続く。気が散りやすく、注意の集中時間が短い。まあ、当然のことですよね。注意の障害がありますから。

そして、実際の作業遂行能力。これはいくつかに分けられます。認知面と協応運動と言語理解に分けられます。

認知というのは言葉としては難しいので、ここでは「理解」と考えて下さい。「物が分かる」と言うことで良いです。このことに関しては、「左右」とか、「上下」の位置や「方向」が理解出来ない場合があります。それから数の概念が理解出来ない。これは「算数障害」ということです。「大きい小さい」や「軽い重い」などの理解。このような例は実際にありました。私が指導しているとき、「こっちのほうが重いでしょう」と言っても、「重い軽いを急に言われてもわからない」という人がいらっしゃいました。それから空間概念が理解しづらい人はかなり多いです。実例を挙げますと、例えば渋谷から池袋までは電車に乗って来られる。しかし、実際の職場は銀座です。渋谷から直接、銀座へ行く方が近いのですが、池袋経由でないとどうしても行くことが出来ないのです。また、すぐ道に迷ってしまう。新しい環境にはまごつく。

そして、運動面。よく不器用という言われ方をしますけど、特に手先が不器用である。道具を使うのが下手である。確かにいらっしゃいますよね、こういう方。

言葉の理解に関しては、口頭での単純な指示に従えない。メモを取ったり書き写したりが出来ない。

そして、一番の問題でもあり、私が最も心配しているのが、対人態度の問題です。聞き取りにくい話し方をする。相手の話が理解出来ない。自分の気持ちをコントロール出来ない。緊張しやすく動揺しやすい。一つの話題にこだわる。

こういった方たちがいらっしゃいました。しかし、何とかこのような問題をクリアして就職されている方もいらっしゃるのです。とにかく対人面の問題は、一番のネックになる問題だと思っています。

 失敗の理由がわからない

失敗してしまうのですが、その理由がわからない。それでまた同じ失敗を繰り返してしまう。失敗はしてもかまわないのですが、少しでも同じ失敗を繰り返さないよう指導するにはどうするかが大切です。

 常に不安感がつきまとう

常に不安感がつきまとう。これは、先ほどのお話で出ていた心理的な状況と同じです。

 相手にどう伝えたらいいのかわからない

相手にどう伝えたらいいのかわからない。これは、皆さんにどのように説明したらよいか、私も悩みました。まず、自分の能力以上の仕事をさせられたときは、こういう状況になりますよね。失敗すると常に不安がつきまとうし、相手にどう伝えていいか、わからない。これは、また言葉に関して言うと、皆さんは外国に行かれた方も多いと思いますが、私なんかもし英語でしゃべられたら、英語でどう伝えたらいいかわからないし、英語で説明されても、ほとんど頭に入ってこない。そういった状況に近いのかなと感じました。だから、報告書だって英語では書けませんし、メモも英語では取れません。分かるのはイエスとノーぐらい。これに似たような状況を、私たちはLDの人に対して強いているのではないかと考えることがありますね。


4. LDの人の気持ち

 仕事の上であまり満足していない

実際に、LDの方たちの気持ちを聞いてみたことがあるのです。就職したLDの方たちの気持ちを聞いてみますと、仕事の上で満足していない人が多いのです。前に述べましたが、「先に仕事ありき」ですから、「この仕事しかないから、やれ」と言われているわけです。本当はあこがれていた仕事をやってみたいとか、もう一つは、今の仕事はしんどいから、もっと自分にあった仕事をしたいと言う人もいるのです。このあたりのことは、ご本人ともよく相談していかないと、無理矢理仕事をさせようとしても長続きしないのです。

 仕事を覚えたいけどわからない

仕事を覚えたいけどわからない。一生懸命覚えようとするのですが、先ほどの例を思い出して下さい。例えば皆さんがアメリカに行ったとして、工場で何かの仕事をするとします。仕事を覚えたいのですが、上司は英語で説明するのでよくわからない。イライラしてきます。不安もつのってきます。こういった状況とよく似ている思います。

 何が問題なのかわからない

それで、いったい何が問題なのかもわからない。ババーッと英語でやられたとしたら、なんだか怒られているのはわかったとしても、「いったい何を言われているのだろう?」などと思ってしまう。こんな状況もあるのだということを、一つ考えておいてほしいと思います。


5. LDの人に対する指導の視点

 仕事が出来ないのではなく、仕事のさせ方、指導の仕方が問題

今までLDの人の就労に関しては、LDの人たちだけを責めてきたようなところがあります。「頑張れ」とか「やる気がない」とか・・・。しかし、そうではないのですね。周りの方のやり方がまずかったというパターンがずいぶんあったのです。つまり、仕事が出来ないのではなくて、仕事のさせ方、指導の仕方が下手だったんですね。我々、つまり就労支援を専門としてきた人間たちが、意外と表面的にしかものを見ていなかったのではないか。LDというのは、こうなんだと・・・。

私は今日は演壇に立っていますが、いつもは皆さんと同じ側に座っています。LDの専門家といわれる先生のお話を聞きに行って、質問しては怒られています。私としては、「LDの定義の話はとりあえず置いて、具体的にLDの人の就労問題はどう解決すればいいのですか?」と質問すると、「貴方が考えなさい」と言われてしまいます。それで、自分でやらなければならなくなったわけですが、考えてみたところ、やはりやり方が下手だったのです。我々就労の専門家と言われる人間が指導するとき、相手の気持ちとか能力に合わせた指導の仕方をしていなかった。ここを変えると、ずいぶんうまくいくのですね。

 仕事で一番しんどいのは仕事量の多さよりも、嫌な人間関係

仕事で一番しんどいのは仕事量の多さよりも、嫌な人間関係。このことは、もうその通りだと思いませんか?実は、私は一昨日、今日のために夜中の3時までいろいろ手作業をしていました。詳しくは後で説明しますが。この手作業というのは、手に豆が出来るくらいでした。実は、参加者が120名と思っていたので120部しか作ってこなかったのですが、参加者160名だそうですからもっと作ってくれば良かったのですが。というのは、パンフレットを印刷して、それを折る仕事をやっていたのです。しんどい仕事ですが、我慢出来るのです。それは、私でもここへ呼んでいただいて、話をさせていただける。それに、皆さん方がLDの就労問題に関し、熱意があるからだと感じらるからです。ですから、物理的な部分というのは我慢出来ます。しかし、もしちょっとでも皮肉を言われるようなことがあったりすると、「もう行きたくないな」と思ってしまいますよね。「あの人はいつも怒るから」とか・・・。逆に、LDの方が頑張ったとき、「ご苦労様、よく頑張ったね」などと言われれば、スーッと気分が晴れて、「また、明日行こう」という気持ちになるでしょうね。

 職場での存在価値を肯定する

こういった職場での人間関係をどう制御するか。その職場での本人の存在価値を肯定してあげるのです。「君がいるから、仕事ここまで進んだね」と言われたら、だれだってうれしいですよね。

 事例紹介の前に今までの復習と「仕事のことをまとめたビデオ」の視聴

この後、事例紹介に入りたいと思います。その前に復習しますと・・・。LD特有の問題、読むとか書くとか、不注意の問題などがありました。そういった問題が原因で実際の具体的作業に関し出来ない部分については、案外容易に指導ができます。このことは、後の事例でも説明します。もう一つは人間関係のことでしたね。対人関係の問題。この対人関係の問題が、実は職場では一番のネックになると思います。

それから、LDの方の場合、情報不足という問題があります。いろいろな仕事があることは知っているのですが、情報の中身が曖昧ということです。実際にいろいろな仕事を経験出来れば良いのですが、今の日本では、離職・退職するというのは、本人に辛抱がないからと見られてしまう。

学校教育の中で、実習など出来るとすごく効果があると思うのですが、このようなことを私たちが一生懸命言っても、なかなか教育現場では動いてくれません。養護学校では職場実習がありますが、LDの人は通常の学校に行っている場合も多いので、進路に関しそんなに熱心な先生ばかりではないですね。

となると、どうすれば良いか。やはり、いろいろな仕事を覚えてもらいたい。それで、実際に現場で働くということが、物理的・時間的に制約があるなら、仕事に関する情報を提供するのもLDの人への一つの就労支援ではないかと思い、仕事のことをまとめたビデオを今日は持って参りました。全部で20分間あるのですが全てはお見せできません。最初の5分ほどを見て下さい。

------------- ビデオより

皆さんが仕事を選ぶとき、その仕事が本当に自分に向いているかどうか考えることが大切です。なぜなら、そうしたことを十分に考えないで就職してしまうと、やる気が出なかったり、つまらなくなって、せっかく就いた仕事をやめてしまう場合がおきるからです。

それでは自分に向いているとは、どういうことなのでしょうか。まずその仕事が好きか、次にその仕事が自分に出来るものであるかどうかを考える時に、実際にどんなことをする仕事なのかをよく知る必要があります。そのためには、実際の職場を見学することが一番ですが、それはなかなか出来ません。そこで職場に行かなくても、仕事の内容が皆さんにわかってもらえるよう、このビデオは作られました。これからいろいろな仕事が出てきますので皆さん一緒に見て、就職の参考にして下さい。

 物をつくる仕事

最初に物を作る仕事について見ていきましょう。物を作る仕事にはいろいろなものがあります。その中から、皆さんの先輩が大勢就職している仕事を見てみます。まずは食べ物を作る仕事です。ここはパン屋さんです。おいしそうなパンがたくさん並んでいますね。では、パンを作る様子を見てみましょう。今ここでは練った生地をパンの形にする作業が行われています。食べ物を作る仕事には、この他にもお弁当やハム・ソーセージ・インスタント食品など作るものがあります。食べ物を作る仕事に就くために大切なことは、生ものを扱うことが多いですから、手を洗ったり、帽子をかぶったり、いつも衛生面に気をつけ、清潔にしておくことが大切です。

・衛生面に気をつける ・清潔にしておく ・体力をつける


ここは、段ボールを組み立てる工場です。いろいろな形の段ボールが作られています。組み立てられた段ボールは、品物を安全に輸送するための梱包に使われます。組み立ての仕事は、決められた通り正確に組み立てなければなりません。そのため、手先の器用さが必要です。また、細かい作業が続くので、根気強さと注意力を持っていなければなりません。

・手先が器用であること ・根気強さと注意力が必要


ここはエアコンや冷蔵庫の部品を作る工場です。機械を操作して、パイプを決められた長さに切ったり加工したりします。このように機械を扱って物を作る仕事は、立ち作業や重たい物を持つことも多いので、体力・筋力を身につけておかなければなりません。また、機械の動かし方を覚えることや、ケガをしないように安全面に気をつける必要があります。

・体力、筋力をつける ・機械の動かし方を覚える ・安全面に気をつける


 物を売る仕事

物を売る仕事にもいろいろな種類があります。ここでは、皆さんの先輩が多く就職している、スーパーマーケットの仕事を見てみましょう。スーパーの仕事には、レジをする係、品物の仕入れをする係などさまざまな係があります。皆さんが主に就く仕事は、品物を包む包装係と品物にバーコードや値段などのラベルを貼る係、それに商品を棚に並べる品出し係などです。品出しの仕事は、お客さんが商品を買いやすいように棚に並べる仕事です。棚に並べられた商品には、ラップがかけられています。スーパーマーケットでは、こうしたラッピングの仕事もあります。ラッピング係は機械を使って商品にラップをかけますが、店によっては手作業でラップをかけるところもあります。ラッピングは商品の衛生面からも必要なことです。

まだまだ、お見せしたいのですが、残念ですが時間の関係上これで終わります。このビデオには全部で14の仕事が入っています。皆さんお気づきだったでしょうか。このビデオでは、製造業とか流通業といった表現は全く使っていません。物を作る仕事とか、物を売る仕事、きれいにする仕事というようにわかりやすくしています。

実は昨日、横浜のリハビリセンターに行って来ました。そこでも言われていたことですが、知的障害者の方の職種というのはだいたい限られていて、クリーニング、製造関係などが主です。しかし、今ビデオで見ていただいたように、製造業であっても部品工場などの詳しい様子は、実際にそこで働いてみたことがないとわからないことも多いのです。ビデオを見ただけですぐ理解してもらえるかどうかわかりませんが、就職相談をする際の一つの情報とするのも良いことだと思います。

実際にこのビデオを、養護学校や施設とか私が関係していたワークトレーニング社等で、知的障害、自閉症、LDの方たちに見ていただきました。その結果視聴前と後では、その職種や仕事に対するイメージが変わったそうです。例えば、ビデオではハンバーガーショップが出てくるのですが、視聴前には「若い女性が販売員として働いている」というイメージしかなかったのが、実際には調理場内部の暑さなどがわかり、「自分には向いていないな」という感想を持った人もあるそうです。


6. LDの人の就労事例

引き続き、事例紹介に移りたいと思います。私が職業センターで仕事をしていて思ったことは、いろいろな方が相談に来られましたが、やはり失敗事例の方が多くて、本当は成功事例が多いと良いのですが、実際にはなかなか思うようにはいかなかったのです。就労支援については、私自身いろいろ勉強させてもらったつもりですが・・・。就職に関してはご本人だけの問題ではなく、やはり相互作用というか企業との関係などが大きなウェイトを占めます。

(1) 失敗例

それでは、先に失敗事例を二つ説明いたします。いずれの方も、現在就労していません。

 簡易な作業に理解困難を示し、情緒的にも不安定なタケオ(仮名)さん

タケオさんは保健婦さんと一緒に私の所に来られました。検査をしてみますと、一部ですが非常によく出来てしまう。検査のある課題が満点なのです。本来、満点が出るようには作られていない検査なのですが・・・。

精神的な問題だけだろうと思ってしまうのですが、私はこの人はLDではないのかと思いました。私は医者ではありませんので、診断は出来ませんが、お母さんにお聞きしますと、子どもの頃 "MBD" と言われたとのことでした。お母さんもご本人も、MBDについてはどのような意味か詳しくはわかっていなかったようです。「微細脳機能障害」(MBD=Minimal Brain Dysfunction)ということですね。

学校での勉強では算数や読み書き、集中力に関する面で問題が出ていたそうです。私は、彼をLDであると考えて、いろいろと相談にのりながら、先ほどの話に出てきたワークトレーニング社で2ヶ月間の訓練をしました。職業適性検査をやってみますと、やはり能力のバラツキが大きかったのです。言語の課題は高い結果ですが、空間と指先という課題が低いのです。日常の会話は全く問題なく、実に好青年の方なんです。障害者スポーツセンターで私とバトミントンなどしましたが、とても上手です。でも空間の認知が苦手で指先が少し不器用であるということが、後々の職業指導でも関係してきました。彼の抱えている困難というのは、この空間認知が関係しているのです。それから社会生活能力検査という、一般に学校での勉強以外の自立能力に関する検査を行ってみたら、身辺自立、移動能力、作業能力、意志の交換、集団への参加、自己統制などがありまして、このうち意志の交換は13歳レベルまで達していますが、それ以外は8歳から9歳半程度のレベルしかないのです。

ご本人は、都立高校の定時制に行きました。実はこの高校、皆さんもきっとご存じの有名校なのですが、弟さんがいらっしゃって、同じ高校の全日制に入学いたしました。そこから、コンプレックスを感じるようになり、大学受験にも失敗してしまいました。そのころからだんだん精神的に落ち込むようになりまして、保健所を通じディケア対象となりました。学校での勉強では、算数や読み書きが苦手でした。しかし、この苦手な部分がそのまま職業的な問題点だったのではなく、むしろ二次的な精神面での問題が出てきていたのです。

ワークトレーニング社での彼の結果を見てみますと、基本的なルールの理解とか作業態度には特に問題はなかったのです。しかし、作業遂行力のところが低くて、C段階でした。正確な手順で作業をすることが出来ない。作業に対する工夫を行うのもうまくいかない。彼がトレーニング中お茶当番をしていたとき、給湯室の流し台に茶殻をバーッとばらまいたのを、ある指導員が目撃し「彼はおとなしく見えても、ストレスが溜まっていて陰ではあんなことをしているのですね」と、私に伝えてきました。つまり精神的な問題と見られたわけです。しかし、実は違うのです。彼は流し台の隅に置いてある三角形のゴミ入れに、うまく茶殻が入れられなかったのです。空間認知が弱かったのです。

それからの失敗も、全部同じような原因だったのです。池袋の職安を通じて何ヶ所か紹介していただいたのです。都内の有名ホテルやレストランでした。職種としてはレストランの厨房での皿洗いだったのですが、お皿が洗えても茶碗が洗えない。お皿が洗えていても、きちんと洗えている部分が一部で、汚れが残っている。空間認知の問題から来る失敗でした。結局実習の段階でダメになってしまいました。

それで次は、コンビニや駅のキオスクから返品された雑誌を仕分けする仕事でした。仕分けそのものは、機械がバーコードを読み取って自動的にやってしまいます。それで、彼のやる仕事は、機械が仕分けした雑誌を箱にきちんと入れて積み上げる仕事なのです。仕事としては簡単な作業ですね。自閉症の方はきちんと並べて積めます。こだわりがありますからね。知的障害の方もゆっくりではありますが出来ます。ところが彼の場合、斜めになってしまうのです。空間がうまく理解できていないからです。そこで、箱の上にひもを伸ばして、その高さまで積み上げるよう指導したのですが、肝心のひもを取り出すのを忘れてしまう。結局、完成状態の写真を貼っておいて、それと同じ形にするようにするということで、何とかクリア出来ました。

一応作業そのものに対しては、このような指導でクリアできましたが、問題は次のようなことでした。「なぜ僕は、あのような人たちと一緒に働いているのか?」。実は、この職場というのは大学の夜間部の学生が昼間勤めていて、この人たちは昼休みになると一ヶ所に集まってしまいます。それで、彼は自閉症の人と知的障害の人と三人がいつも一緒にされてしまう。これが嫌だった。また、上司が「自分だけを叱る」ということで、結局やめてしまいました。現在は、またディケア対象となっています。

 周りの人を意識し、引け目を感じたユミ(仮名)さん

この方の事例は、私が直接関わったのではなく、私の後輩に当たるカウンセラーが関わったものです。ある学会で発表された事例です。ユミさんはLDの診断を受けている方ですが、LD関係者の間ではよく知られている学校を卒業しました。卒業後クリーニングの会社に就職したのですが、作業速度が通常の6割ほどでした。このこと自体、会社側では全く問題にしてはいなかったのですが、ご本人が「引け目」を感じてしまったのですね。そして、周りの人たちと会話がうまくできなかったので、自分だけが能力が低いのだと思い込んでしまった。それで、過換気症候群というのになってしまいました。緊張が高まるとうまく呼吸が出来なくなってしまうのです。このため仕事から徐々に離れていってしまいました。

結局、お二人とも環境とのマッチングがうまくいかなかったのですね。対人関係などで、本人が自信を持って仕事が出来る所であれば、うまくいったかも知れませんね。

(2) 成功例

失敗例ばかりではいけませんので、成功例について、三つ事例をご紹介いたします。実はまだ成功例はこれ以外にもあるのですが、許可を得ないとご紹介できませんので、今回は次の三つの事例です。

 成人しても誤字・脱字が多く、転職40回以上のシュウイチ(仮名)さん

この方が、私の所へ来られた時32歳だったのですが、ネクタイをきちんと締めた好青年です。外見では全くわかりません。なぜこの人が障害を持っているのか・・・。それで履歴書を見ると、職歴がいっぱい書いてありました。しかしこの人の書いた文字を見ると、「もしかしてLDかな?」と気がつくぐらい、誤字脱字が多かったのです。「私は」の「は」が、「わ」になっていたり。大きい「つ」や「よ」と小さい「っ」や「ょ」の使い方などがダメでした。子どもの頃は「局在性脳萎縮」という診断名だったそうです。

いろいろ調べてみると、IQも高いし、ほんとうに好青年なのですが、仕事が続かない理由があったのです。職場でイジメにあってしまうのです。アッシー君というのか、使い走りさせられてしまうタイプなのです。それで、「こいつは使えるぞ」というので、万引きまでさせられてしまい勤務先にも知られ、クビになってしまいました。それで、現在時計を分解する仕事に就いていますが、職場の同僚が皆いい人たちばかりなのでうまくいっているようです。最近、この方からも手紙をいただきましたが、相変わらず誤字・脱字は多かったですね。

 家庭内暴力、職場でのパニックなどを生じたアキオ(仮名)さん

この方は、中部地方のある県の高校を卒業し就職したのですが、なかなかうまくいかず、幕張の3ヶ月間のワークトレーニングに来ていただきました。高校時代にはじめてLDと診断されたとのことです。地域の職業センターの場合、簡単な製造業関係の訓練しかやっていないのですが、幕張の場合は園芸やケーキ作りといった職種もあります。彼はここではじめて園芸の仕事を体験してみておもしろさを知ったのです。今までは「仕事はしたくない」という気持ちがあったのですが、「何かやってみたいと」いう気持ちがわいてきたのですね。

しかし、東京近辺では園芸の仕事はあまりありませんね。彼はここでの経験を元にして、いろいろな実習に行って来ました。実習でレストランの皿洗いをやったのですが、これをやってみたいと言うことで、郷里に戻り探してもらったところ、ありました。しかし、仕事先で、以前お話ししたような問題が起きました。つまり、同時にいくつかの仕事を言いつけられたのです。「この皿を洗っとけよ」「それからニンジンも洗っとけよ」と言われてパニックになってしまった。今は皿洗いをしているので、それ以外は出来ないのですね。

もう一つの問題点は、幼稚さが残っているということなんです。物を運ぶ「カート」というのがありますね。彼は、面白がってカートを思い切り走らせ、ぶつけて人にケガをさせてしまうのです。今29歳なのですが、このような幼さが残っている。しかし、彼の場合、仕事は一応きちんと出来るということで、定着しています。

 依存心、確認癖が多く、情緒不安定なヒロシ(仮名)さん

もう一人、この方の場合はお父さんのご理解がありまして、いつも詳しくご紹介させていただいています。彼とはもう長いお付き合いになってまして、つい最近も連絡をいただきました。公表に関して、事業所からも許可をいただいております。お父さんが熱心な方で、ご本人の生育歴についても分厚いレポートにしていただいています。これだけで一冊の本になるぐらいの量です。

検査の結果、言語性能力では数唱が高いのです。子どもの頃は電話帳を見て番号を暗記していたと言うことです。ところが、動作性の方が低いのです。特に組み合わせの課題が低いということは、予測性のある問題が難しいのでしょう。

お父さんの書かれた生育歴を読みますと、彼は「意欲的に頑張るという表情を見せない」方なんですね。スパルタ式のスクールに入れて鍛えてもらうつもりが、そこでひどい目にあったりもしました。お父さんが立派な方でして、コネクションをいろいろ持っておられ、家庭教師を付けて勉強させたり、大学にも入れたし、一部上場企業にも就職出来たのです。でも、それが失敗の始まりだったんですよね。何度も言いますが、就職できればそれで終わりではなくて、定着が出来ないといけないのです。彼が私の所へ持ってきた履歴書を見ますと、A空調、B庶務代行、株式会社Cリサーチ、D事業団・・・・などと、企業名がずらっと並んでいます。どれだけ、失敗していることか・・・。

最初のA空調へは、彼は大学浪人してますので、24歳で入社しています。4月に入社し、6月いっぱいは社内研修で話を聞くだけですから我慢できたのですが、7月に実際に現場に配属されると、そのとたん彼は家出をして、ホームレス生活になってしまいました。家に帰れなくなってしまったのは、せっかくお父さんが探して来てくれた会社なのに、うまくいっていないのが知られると怒られると思ったからです。

お父さんは、いろいろ探して本人を連れ帰り、またコネクションを使い別の会社を探してくる。そして、また失敗という繰り返しだったようです。このように、お父さんが会社を探してきてくれるのですが、これが実は彼にとっては負担だったようです。彼にとってはホームレス生活の方が楽しかったようです。みんな親切だったようですし・・・。

彼が、私の所へ来たのは平成7年です。当時私はLDについてはそれほど詳しくはなかったので、いろいろ試行錯誤もあり失敗もしました。しかし、現在は都内のある大手銀行に勤めています。入社に当たり人事担当者から、四つの部署についての希望を聞かれました。データ分類、伝票照合、書類の仕分けなどです。彼の希望で書類の仕分けなら出来そうだというので、そのような業務に就いてもらいました。

実際の仕事の内容ですが、銀行の情報システム部ですから全支店からの給与振り込みとか送金伝票といったデータが集まってきます。それを12人の女性オペレータが打ち出しますが、1回の作業ではミスがあるかも知れません。そこで、別のオペレータがもう一度確かめて打ち出します。それで、彼の仕事は、打ち出されてきた書類を、書類棚にオペレータごとに整理するのです。これが、膨大な量になります。

銀行の許可を得て写真を撮ってきてあります。東京都内にあります。情報システム部ですから、個人情報も扱いますので、ご覧のように警備も厳重で、入り口には警備員がいて、私がおじゃましたときも、入り口で所属、氏名を記入し胸に外来者用のワッペンつけて入りました。実際のオペレータルームの写真は撮らせていただけませんでしたが、社員用休憩室で人事部長と彼の許可を得まして、撮影したのがこの写真です。やはり銀行ですから、ネクタイもきちんと締めてビシッと決めていますよね。

あれだけ転職していた彼ですが、もう3年続いています。定着しているわけです。つまり、彼の能力にあった仕事だったのですね。最近人事の担当者の方が替わり、私にもまた遊びに来て下さいと連絡がありましたので、また行って来ようと思っています。とにかく3年間続いているのは立派なことだと思います。ただ、ホームレス時代の仲間がやはり懐かしくて、週末になると泊まりに行っているらしいのですが、非常におもしろい友達づきあいの方だと思いますね。(場内笑)


7. 就労支援のまとめ

それでは、就労支援のまとめに入っていきたいと思います。

(1) 具体的職業指導について

 仕事の選択について

   いくつかの仕事を経験させる

まず仕事の選択ですが、いくつかの仕事を経験させて自分で選ぶ方がいいのです。

   その中から本人が希望する仕事を選ぶ

やってみてその中から本人が希望する仕事を選ぶということをやっていかないと、「先に仕事ありき」で「やれ」と言われても、それでは絶対定着しません。

 仕事の評価について

   実際の職場で評価する

そして仕事の能力はどうやって評価するかですが、これは私自身職業センターにいた関係上、全面否定はしたくないのですが、実際の職場で評価していかないとわからないものなのです。本人の能力というものは、その短時間を見ただけで「出来る、出来ない」というのではなくて、その時の環境というか、暑いか寒いか、などにも左右といったいろいろな問題が絡んできます。やはり、職業能力というのはその職場(現場)で評価した方がよいです。

   どこができなくてどこが出来るかをつきとめる

そのときに、ただ「出来ない」と言う評価だけでなく、「どこが出来なくてどこが出来るのか」を、「出来ない」のであれば、「こうすればうまくいくのではないか」ということも考えなければダメですね。評価する側にも、きちんと評価出来る能力が必要なのです。

   出来ない場合、指導の仕方や代償手段を考える

出来ない場合は指導の仕方や代償手段を考えることも必要ですね。代償手段というのは、先ほども出てきましたが、返本された雑誌を重ねるときに、完成状態の写真を貼っておくなどということです。自閉症の方の場合、言葉で指導してもわからないのなら、写真を貼ったり、絵を貼ったりしてということをやります。皆さんの中でも、パソコンのマニュアルが読めないということがあったとしても、子どもの頃プラモデルを組み立てるのは出来たと思いますが、これは手順が図にしてあって非常にわかりやすいからです。

目で見てわかるような作業指示書を作ると言うことをやっているのは、有名なハンバーガショップのM社です。ここでは、世界でも最も多くの障害者を雇用しています。アメリカへ行っていたとき、このM社のテレビコマーシャルにダウン症の人が出てるのを見ました。それだけ障害者雇用に熱心な企業では、作業指示書も工夫しているようです。本人にわかりやすいように、周囲が変わっていくのです。本人だけを変えようとするのではなくてね。

 仕事の指導について

   仕事の内容を分類してみる

仕事の指導についてですが、事後との内容を分類してみることが大切です。分類するというのは、課題分析と言うことなのです。今日は時間がないので詳しいことは省略しますが、物を作るときに、最初にまずこれ、二番目はこれ、三番目は・・・。と作業を分解してやってみて、どの部分が出来ないのか、あるいはどこは出来るのかをチェックしていくのです。このことは、アメリカではジョブコーチが毎日実践していることです。

   フィードバックにより指導を行う

そして、さらにフィードバックにより指導を行います。フィードバックと言うのは、わかったのなら実際にそれをやらせてみて、出来るのか出来ないのかをきっちり見ていくということです。

(2) 職業指導以外について

 職場での対人関係のあり方を学ぶ

   対人関係が極めて大事

職業指導以外についてですが、先ほどから何度も言っていますが、対人の問題が出てきます。職場での対人関係のあり方を学ぶ必要があります。

   職場によって環境が異なる

それから、職場によって「環境」が異なるということもあります。例えばパートのおばさんたちが大勢いるような所では、ラジオを聴きながらしゃべったりしながらでも良い場合もありますが、無口な職人さんのいる職場では、ちょっとでもしゃべると「うるさい」と怒られてしまうこともあります。このようなことは、私たち外部の者にはすぐにはわかりません。職場の「文化」というものがあるのです。アメリカなどですともっとすごくて、チューインガム噛みながら仕事してたりしますが、そこではそれでも良いのです。その職場の文化なのですから。このように、職場による環境の違いというのは、教えていかなければなりません。

 困ったときに頼れる人を特定する

   仕事だけではなく、様々なこと

困ったときに頼れる人を特定するということですが、このような人がいると対応もずいぶん違います。仕事のことだけではなくいろいろあるのです。私の対応していた方の場合、職場で金銭の盗難にあい、犯人と思われる人もだいたい予測がついたらしいのですが、うっかりしたことを言えませんよね。このようなとき、相談にのってくれる人がいると対応も違いますよね。

 離職を否定しすぎない

   誰だって離職している

それから、一生懸命やってみてもどうしてもダメだったら、離職そのものを否定しすぎないことです。今は誰だって離職している時代です。したくなくたって、リストラされている人もいます。

   あまり無理強いする時代ではない

このような状況の中で、ただ「頑張れ頑張れ」と無理強いするのも、この時代には即さないのではないかと思います。逆に無理をして体をこわしたりしても損ですから。

   また次の仕事を探せばいい

また、次にいい仕事があるだろうと、ちょっと気楽な考えを持っても良いと思います。もっとも、持ちすぎても困りますが。しかし、無理強いせず、また次の仕事を探せばいいんだという気持ちも必要なのではと思っています。

(3) 関係する就労支援機関

皆さんご存じかどうかわかりませんけれど、LDの方の就労支援というのは全くないわけではないのです。

 ハローワーク(公共職業安定所)

   障害者コーナー(特別援助部門、専門援助部門)

まず、職安には障害者コーナーがあります。正直な話、実は職安にもよるというか、担当者にもよりますが・・・。ずいぶん対応が異なります。私としては、障害者コーナーというのがあるので、少しは相談にのってくれるのかなぁ・・・。と、期待してるのですけれど。

 障害者職業センター

   職業相談、職業適性検査、職業前訓練(ワークトレーニング社、職域開発援助事業)

それ以外では、私が以前勤めていました障害者職業センターがあります。職業相談とか、職業適性検査、職業前訓練(ワークトレーニング社)、それから職域開発援助事業といって、実際企業で実習を行うというような事業もあります。東京では池袋のサンシャイン60の8階や、多摩地区では立川駅前にあります。こういったところの情報というのは、皆さん不足していると思いますので、一度見学に行かれると良いかも知れません。東京のLD親の会では、以前見学に行かれているようですね。

 地方経営者協会

   トライアル雇用(職場実習+短期雇用+アルファ・・・。)

それから、地方経営者協会というのがありまして、ここは電話で問い合わせてみたのですが、LDの方でもOKと言われました。ここではトライアル雇用というのをやっています。職場実習として何ヶ月間か実際に働いてみる。そこで企業の側で戦力になると思えば、プラスアルファして継続的に働いていくというのです。職業センターでも相談にのってくれますから、そこから経営者協会に連絡していただいても良いと思います。

 ジョブコーチ(援助付き雇用)

それ以外に、私が今中心に動いているジョブコーチという援助付き雇用のシステムがあります。昨日、横浜のリハビリセンターに行って来たのですが、ここでは私の職業センター時代の先輩の方がいて、話をうかがってきたのです。ここでもLDや自閉でも高機能の方の対応をされているそうです。残念ながら東京の方は利用できませんが、横浜在住か在勤の方は相談にのって下さると言うことです。LDの方に対するこのような支援がどんどん広がっています。

1) 対人関係指導用のビデオ

ここでもう少しだけ、お時間いただきたいと思います。対人関係をどのようにうまく指導していったら良いか、というビデオを作りましたので見て下さい。私は監督兼シナリオライター兼「ちょい役」ということで出演しています。ヒッチコック監督みたいですが。時間が限られてますので、5分間だけ見て下さい。

------------- ビデオより

皆さんが職場で仕事を進めていく上で大切なことは、職場の仲間と協力しあって良い人間関係を作るということです。そのためには、職場でのマナーやルールを守らなくてはなりません。それでは、どのようなことに注意して仕事を進めたらよいかをビデオを見ながら学習しましょう。

 −− 練習 1 職場で物を借りる

職場では仲間と助け合うことが大切で、ハサミなどの道具を貸したり借りたりする場合が出てきます。では例として、仲間に道具を借りるやり方を練習しましょう。 仕事をしていてハサミが必要になりましたが、あなたは持っていないので他の人に借りなくてはなりません。そんなとき、あなたならどうしますか?正しいやり方は次の通りです。

「すみません。ハサミを貸して下さい」
「ハサミですね?はい、どうぞ」
「ありがとうございます。お借りします」

これが、基本的なやり方です。それでは、今の場面をもう一度復習してみましょう。

わかりましたか?「すみません、貸して下さい」の言葉には、「仕事に必要なので、お借りします」の意味があります。また、「お借りします」の言葉には、「この道具は私が借りました、必ずお返しします」といった意味があります。「ハサミ」を他の物に変えてみたり、仲間が使っている場合などを考えていろいろ練習してみましょう。

【まとめ】 「借りるときは『すみません』と声をかける」
      「借りたら必ず『お礼』を言う」

 −− 練習 2 職場でお礼を言う

仲間に物を借りたり、仕事を手伝ってもらったりした時には、感謝の気持ちを込めて「お礼」を言いたいものです。ここでは、先ほどの続きで借りたハサミを返す場面で練習します。あなたならどうしますか?正しいやり方は次の通りです。

「ありがとうございました」
「どういたしまして」

これが基本的なやり方です。それでは、今の場面をもう一度見てみましょう。

このように、「ありがとうございました」とお礼を言われると、道具を貸した人も気持ちがよく、人間関係をよくするためにも大切なことです。場面を変えたりして、いろいろ練習してみて下さい。また、ハサミやナイフなどの刃物を返すときには、安全を考え手に持つ側を相手に向けて返すよう心がけましょう。

【まとめ】 「お礼を言うときは、頭を下げる」
      「ハサミなどは、手に持つ側を相手に向けて返す」

二つだけお見せしました。これ以外に、「仕事上わからないことを聞く場合」「トイレに行きたいときの許可の取り方」また、「体調が悪くて仕事を休むときの電話のかけ方」「通勤途中で事故があり、遅刻する場合の電話のかけ方」「ミスをしたときの謝り方」などのスキルを6つほど入れてあります。これら全てを、すぐクリア出来るかわかりませんが、皆さん方から見たら、当然出来るだろうと思うことでも、やらせてみますと意外と出来ないことがあります。ですから、養護学校や通常の学校に在学中に練習しておけば、職場でのトラブルというのはずいぶん減っていくのではないかと思います。

2) ジョブコーチのシステムと仕事内容

そこで、今まで述べてきたような指導・支援を、誰がどのようにやっていくのかということになります。親御さんが入って行くわけには行きません。私はジョブコーチのお話をしましたが、この発想で進めていくと良いのではと考えています。

職業リハビリテーション、要するに就労支援ですが、いろいろな所でやっています。私が以前いた職業センターをまず取りあげてみます。まずLDの方が来所し、相談をされます。「どのような仕事が良いかわからない」とか、「このような失敗をした」とか、いろいろ相談した後、職業評価、適性検査などを行い、その結果ワークトレーニング社に行ってみるとか、実際の職場で実習してみるなどやってみて、就職ということになります。そして、就職後は、職場適応指導、職場定着指導という、フォローアップをしていきます。

学校在学中の方でも、校内の実習があり、職場開拓をして現場実習となります。そこで即就職出来るかどうかはわかりませんが、就職した場合は定着指導となります。

最近は施設からの就職も増えてきました。この場合も施設内作業、職場開拓、就職、それから就労指導です。所沢のリハビリセンター、先ほどの横浜のリハビリセンターでも、センターの中で職業前訓練を行い、職場開拓、職場実習、就職フォローアップとなります。だいたい同じパターンです。

職業訓練校の場合は、手に職を着けその仕事で身を立てていくという発想ですから、最初から職業訓練をやります。職場開拓はほとんど無条件で職安でやってくれますので、就職率は高いのですが、定着は悪いとも言われています。これはボトムアップ的な流れだからです。

最初の話を思い出してほしいのですが、ボトムアップ的な流れですと、訓練でやったことが、すぐには応用出来ないことが多いのです。このような方法でアメリカではずいぶん失敗しています。そこで、訓練してから就職させるということはやめて、就職したその現場で訓練した方が効果が上がるのではないかという発想が、ジョブコーチなどのシステムを含む「サポーテッド・エンプロイメント」つまり「援助付き雇用」です。

この場合、就職前のその本人や環境に対するさまざまな調査が必要であり、どのようなことが一番適しているかという評価をしますが、メインは職場開拓をして就職した後のフォローアップで、結構長期間にわたって行います。この仕事を行うのがジョブコーチです。

もう少し具体的に説明しますと、障害を持つ「利用者」−−今では「障害者」という言い方はしませんが、そのサービスを利用する人という意味で、「コンシューマー」とか「カスタマー」という言い方をします。つまり「お客さん」=「利用者」ということですが−−と一緒に働いてみて、その職場の中で彼らの指導を行うのが、ジョブコーチなのです。利用者の職業能力を実際の事業所の現場で評価し、その結果一番良い仕事は何か、というような職場開拓をしていき継続的に援助していきます。そして、一番大切なことは、職場の同僚や上司たちに対して、ジョブコーチがいなくなっても、利用者が働き続けられるような自然な援助を期待出来るよう、移行させていくことなのです。ジョブコーチはこのようなコーディネーターとしての役割も果たします。

このジョブコーチの制度がアメリカで出来たのは1986年、今から13年前ですが、その結果障害を持つ方の就労数が飛躍的に伸びました。現在その対象者の7割が知的障害者です。残りの3割のうち増えてきているのが、LDの方、自閉の方、そして高次脳機能障害の方です。精神障害の方も増えてきています。1997年には15万人を越えています。

ジョブコーチは、アメリカの制度だろうと言う方もいらっしゃると思います。日本でもすでに始まってきています。先ほど紹介した、職業センターでの職域開発援助事業、これなどもジョブコーチ制度をモデルにしていると言われています。

障害者雇用支援センター・障害者就業生活支援センターは、全国に23ヶ所あります。ここでは1年間の職業前訓練の中で、実際の職場に就いて指導しています。神奈川県には横浜、平塚、相模原などに就労援助センターというものが10ヶ所ほどあります。地域就労センターは相模原にあります。それから、就職した後のフォローを行う「レインボーワーク」というのが、東京の練馬にあります。多摩には「アロマ」という施設があって、施設内だけの仕事ではご本人たちの能力がもったいない、ということで、週2日間ジョブコーチと一緒に清掃作業に出かけます。集会所であるとか、公民館などへ清掃に行きます。時には、ジョブコーチの方が数が多いようなこともあります。ここへ私の大学の学生たちも勉強を兼ねて、週1回実習に行かせてもらい、そこでジョブコーチをやってもらっています。

その他では、最近横浜の「ぽこ・あ・ぽこ」という施設でも、外部での仕事の援助をはじめました。そして、私が一緒に取り組んでいるのが、横浜のワークアシスト「仲町台」と「仲町台発達障害センター」での実践です。ここでの実践例を少しご紹介して、終わりにしたいと思います。

3) ジョブコーチの仕事の実際

今OHPでお見せしている写真は、私がアメリカへジョブコーチの研修に行ったときに見てきたビジネスホテルでの例です。ここではクリーニングの指導をしています。ホテルの地下にクリーニング工場があり、シーツや枕カバーなどをたたんでいます。タオルのたたみ方が難しければシーツをやってみる、という風な形で指導しています。写真で右側の女性がジョブコーチ、真ん中の彼が障害を持っている人。左にいるのは、ジョブコーチ補助の方です。

このようなことをモデルにして、横浜のワークアシストでは生協のスーパーを中心にして、ジョブコーチの活動をしています。この写真の彼は26歳で自閉症の方です。こだわりが強い性格を利用して、商品の陳列棚からお客さんが品物を取っていった後、後ろにある商品を必ずきちんと前に出すという仕事をしています。彼にとっては良い仕事です。それから、商品の大葉(しその葉)を6枚づつ輪ゴムで束ねてポリ袋に入れ、陳列ケースに並べる仕事がありますが、言葉で説明してもわかりにくいので、作業指示書を絵で表現するというように工夫しています。このような視覚的な作業指示書のほうがわかりやすいのです。

これは生協のスーパーで使っているショッピングカートを自閉症の方が並べる仕事で、「ここまでしか並べてはいけないよ」という印なんです。

次に、この写真 ( のこのマークは何だと思いますか?これは生協のスーパーで使っているショッピングカートを自閉症の方が並べる仕事で、「ここまでしか並べてはいけないよ」という印なんです。スーパーでは買い物を済ませたお客さんが、ショッピングカートをそのまま置いていってしまうことがあります。これを元の場所へきちんと並べ直すのです。ところがこの方は「こだわり」があるので、カートを一列にきちんと並べてしまう。これでは通路をふさいでしまいますね。そこで、店長の許可を得て、このような印を床に付けて目印にしているわけです。このような、ちょとした工夫を考えるのもジョブコーチの仕事なのです。ご本人たちに仕事がやりやすくなるよう持っていくのが、ジョブコーチなんです。本人だけが頑張るのではなく、周囲の対応が変われば働いていけるのです。

また、職場で新しい仕事を探すのもジョブコーチの仕事です。ここのお店ではパンを買うとき、レジへ一緒にバーコードのついたカードを持っていきます。このカードはいろいろな人がさわるので汚れてきます。このカードの汚れをきれいにふき取る仕事を見つけました。また、スーパーでは買った「生もの」を、薄いポリ袋に入れますよね。この袋はピッタリくっついていて開けにくいです。そこで、水で濡らした布巾が置いてあって指先を湿らせて開けますよね。この布巾を取り替える仕事をさせてもらうとか・・・。このようなことをジョブコーチから、お店に対してお願いしていきます。

次に、この写真の張り紙には何て書いてあるかというと、「エレベータから台車が出て来ることがありますので、ご注意下さい」ですね。どういうことかと言いますと、ある自閉症の方が台車に商品を載せて運搬する仕事をしているのですが、台車の押し方の加減がよくわかりません。エレベータのドアが開いた瞬間、猛スピードで出てきます。お客さんにぶつかったたりすると危険なので、ご本人にいろいろ工夫して伝えたのですが、うまくいきません。そこで、本人ではなくお客さんの方で気を付けていただこうと言うことになって、このような張り紙となったのです。場合によってはこのように、周囲の方で変わるという発想の転換も必要だと思います。


8. まとめと結び

最後にまとめです。障害を持っている方へは、教育・医療などの様々な分野の方が関わってきますが、教育における教師、医療における医師というように、就労支援においてはジョブコーチという専門家が必要です。これからは、皆さんと一緒になって、少しずつジョブコーチの数を増やしていきたいと思います。そして、ジョブコーチには事業所と利用者の間のコーディネーターの役割を果たしていただきたいと思います。自立させるための指導をしてほしいのです。

アメリカのジョブコーチの中には、自分は椅子に座ってクッキーを食べながら本を読んでいる人もいますが、利用者がきちんと仕事が出来ているのなら、それでもこれは良いジョブコーチなのです。そして、利用者の同僚の方たちへジョブコーチの仕事が自然な形で移行されていくと良いのです。これからは、アメリカのジョブコーチ制度を参考にして、日本でも作っていかなければ、と思っています。

またLDという障害について、もう少しいろいろな人に知ってほしいと思います。特に企業に対してはそう思っています。以前、自閉症者用の雇用ガイドを私が作成しまして、職安などに置いていただいています。LDについても、試作してみました。これが、夜中の3時までかかって、今日のために一生懸命作ってきたものです。ご希望の方には差し上げますので、参考にして下さい。

ちょっと、早口になってしまいましたが、これで私の話は終わらせていただきます。ご静聴ありがとうございました。(場内拍手)


1999/11/13 東京LD連絡会主催講演会 (C) 2000/02/15 梅永雄二 inserted by FC2 system